札幌市営地下鉄の概要

札幌市営地下鉄は1972年の札幌オリンピックに向け1971年に南北線が営業開始したのを皮切りに東西線、東豊線と3路線に及ぶ。

軌道中央にある1本の案内軌条と呼ばれるレールを台車に取り付けられたゴムタイヤの案内輪で挟み込み、さらに両脇にある走行路を台車にあるゴムタイヤの走行輪で走るという珍しい方式を採用している。

この場合鉄輪による鉄道の場合に置き換えると、車輪のフランジに当たる役割を案内輪が、走行面に当たる部分をゴムタイヤが担っている。

3線あるうち南北線では現在はすべてスリックタイヤが採用されているが、開業当時から、波型やストレート型のトレッドパターンを採用し試行錯誤を繰り返してきた結果、現在のスリックタイプに落ち着いている。これは当時トレッドパターンにより磨耗具合が異なっており、タイヤの寿命を延ばす目的で様々なパターンを試された結果である。

さらに南北線ではダブルタイヤを採用している。これはパンクした際を考慮されている構造であるが、後に登場した東西線から台車に鉄輪の補助輪をつけてパンクに備えてタイヤはシングル化した。さらに各線にはパンク検出装置も設置されている。ただ今現在までにチューブレスタイヤになっているためかパンクは1度も起きていない。

残りの2線に関しては磨耗しにくいタイヤが開発されたため波型のトレッドパターンが刻まれている。ただ案内輪だけはどの路線もスリックタイヤである。

さらに南北線ではトンネルを小さくするため750Vの第三軌条方式による集電とされたが、この場合車両を大きくできないため、以降東西線、東豊線では架線式の1500Vになっている。

そのため、南北線の場合ポイント部分では第三軌条が途切れるためポイントを通過中の車両は一旦物理的には停電していることになる。

またポイントを通過し終わった後再び集電シューが第三軌条に触れた時スパークが起きておる様子を見ることができる。

東西線、東豊線では共通部分が多い。そのため原理的には双方の車両が互いの路線を走ることができるのだが、東西線の方が東豊線より規格が大きいため、物理的に東豊線に入るのは難しいとされている。

一方東豊線車両は路線内に車両基地を持っていない。というのは東西線西車両基地を東豊線の車両基地として使っているためである。それにより、東豊線大通ーさっぽろ、東西線大通ー西11丁目間には連絡線(2〜3号連絡線)があり、東豊線車両はここを通って東西線、東豊線を行き来している。

なので、東西線西11丁目ー西28丁目間ではラッシュの前後に回送中の東豊線車両を見ることができる。また過去に東西線東車両基地に検査入場する場合があり、大通ーひばりが丘でも見ることができた。

走行路面は南北線ではコンクリートに樹脂を貼ったもの、東西線ではコンクリートに鉄板を張ったもの、東豊線、及び東西線白石ー新さっぽろではコンクリート製枕木に鉄板という組み合わせ。

南北線の場合直接コンクリートに近いので東西線、東豊線と比べると振動が多く乗り心地は劣る。

また案内軌条は南北線では一部車両基地と引込み線以外ではT型、東西線、東豊線ではI型になっている。これは南北線の場合案内軌条面に負極を当てているためで、案内軌条上面がすれているのはそのためであり、残りの2線は案内軌条側面に負極をあてている。そのため列車が近づくとスズメの鳴き声のような音が聞こえてくる。

南北線軌条の詳細はこちら

車両規格がJRなどの鉄道よりも大きく国内最大である。また北海道の鉄道で唯一両開き戸が採用されている。

南北線では混雑緩和のため5000系で北海道唯一の4ドアを採用している。

札幌市営地下鉄ではワンマン化を進めており、ホーム柵の設置や車両にモニター画面を設置するなどの工事が進んでいる。東西線では2009年にワンマン運行を開始する予定になっている。

車両基地は南北線は南区に南車両基地、東西線は厚別区に東車両基地、西車両基地を設けているが、西車両基地は東豊線用として使われている。

このうち東車両基地はひばりヶ丘駅の宮の沢方面ホーム裏に引込み線用ホームがあり、この区間と車両基地内では自動運行が行われている。

朝夕のラッシュ前後にこの区間を走行し車両を出し入れしているが、この区間の一部は地上のシェルターを走る区間があり、外からその様子を伺うことができる。

筆者が確認している時間は19時過ぎに引き上げていく列車が2本あり、シェルターを通った後国道274号沿いから見える留置線へ入る。

西車両基地は完全地下構造で西28丁目駅の宮の沢方に引込み線がありそこから出入りする。

地上部分はマンションや地下駐車場になっているため伺うことはできないが、地上部分に唯一車両搬入口がある。

札幌市営地下鉄は通常の鉄道車両は規格が合えばであるが、JR線などを使い貨物扱いで製造場所から輸送されてくるが、ゴムタイヤでありさらに規格が大きく違うため、製造場所の川崎重工兵庫工場から船で苫小牧まで運ばれそこから深夜トレーラーで各車両基地へ搬入される。

そのさい苫小牧港で稀に陸揚げされトレーラーに積まれ深夜まで停泊している車両を見ることができる。

これが唯一外にいる姿であり、後は地上部分がある区間でもシェルター内を走るため本当の外には出ない。そのため屋根の構造は弱く、廃車となった車両を展示しようにも雪の重みでつぶれてしまうため不可能になっている。

南北線平岸ー真駒内は地上区間を走行するが、本州とことなり積雪地では除雪が必要となる。そのためこの区間の除雪方法を色々と試された。雪を風圧で吹き飛ばすもの、ササラ電車のように払うものなど様々考えられた結果、現在の厚さ1mmのアルミ製シェルター方式が採用された。その結果大雪でも左右されない安定した運行が確保されている。

なお営業線で地上を走行するのは南北線のこの区間だけであるがなぜそうなったかという理由にコスト削減があげられている。地下を掘るより地上に高架を作ったほうが安価とされたためのようだ。またこの区間の土地には地下鉄開業までの間東札幌ー定山渓を結ぶ私鉄「定山渓鉄道」が走っていた。

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