特集 第39回 913D
2007年11月10日掲載
特集第39回、今回は913D列車を取り上げてみたい。少しマニアックな話題になってしまうのだが、JR北海道の技術開発があってこそ成り立つ列車なのである。
913D列車は、朝6時22分に倶知安を出発し、函館本線山線を札幌に向け、途中余市、小樽を経由し、札幌へいたる。正確には913Dは小樽まで、小樽からは913M列車として運行され、苫小牧まで行く列車である。
登場当初は札幌までの列車であったが、ダイヤ改正ごとに変更されており、07年10月のダイヤ改正から苫小牧行きになった次第である。ではなぜこの列車に注目するのかといえば、小樽で電車と気動車の協調運転が行われるからである。
電車と気動車、それまでは裏表のような関係であった。というのも、システム上の違いの他、電車の方が気動車より加速性などに優れていたため、気動車が電車についていけないなどの理由があったからである。それを解決したのがキハ201系である、
キハ201系は1996年に開発された新型気動車であり、ステンレス車体に北海道初のオールロングシート、デッキレスの通勤型とされた。このキハ201系は電車についていけるよう、電車並みの加速を誇る。そのため1両にエンジンを2機搭載している。
さらに、高速運転を視野に入れ、空気バネでカーブで車体を最大2度傾斜させる「車体傾斜システム」を初めて開発、導入した。また、気動車ながら3両1ユニットとされているのも特徴である。
このキハ201系の相手を務めるのが1996年から導入されている電車の731系である。この2つの車両はラインの色以外概観は全く同じになっている。また、731系は721系との併結が可能であるが、キハ201系は731系としか併結できない。
では気動車と電車のコラボというのは今まで存在しなかったかといえばNOである。
九州でキハ183系1000番台が電車と併結されていたのが一例である。しかし、それまでの併結はどちらかがどちらかに引っ張られるだけ、気動車ならばアイドリング状態で電車に引っ張られるだけであった。しかしこのキハ201系と731系との併結はその壁を打ち破り、両方ともがんばって走る、これが協調運転と呼ばれるゆえである。これはキハ201系が電車についていけるレベルの機能を備えたため実現したことなのである。
ではなぜこんなことが必要だったかといえば、小樽から先は非電化区間であり、電車の直通運転ができない。そこで気動車を使った列車の運行が行われているわけであるが、小樽を境界にして札幌方面へは電車、倶知安方面へは気動車ときっちり縄張りがあり分けられていたためである。もちろん、気動車列車が札幌まで直通する列車というものもあったのだが、ほとんどの場合小樽で乗換えをしいられ、所要時間もかかっていた。
そこで特に混雑する通勤時間帯に所要時間短縮などを目的に電車と併結して運行できるように考えられたのが協調運転列車なのである。ただ本当にそうかといえば微妙な点もないわけではない。
さてその913D列車は朝が非常に早い。そのため札幌圏からわざわざ乗りにいかなければ会えない存在なのである。
その準備は前日から始まる。札幌17:53発倶知安行き3952D列車がそれである。この列車、キハ201系6両で構成される列車で3運用あるキハ201系の数少ない快速運転の1つで、小樽築港まで快速運転を行う「ニセコライナー」である。
この列車で翌日の準備をするべく編成の送り込みを行う。終着倶知安到着後、編成は3両ごとに切り離され片方は蘭越へ回送され、翌日の蘭越発札幌行き3925D列車の快速ニセコライナーとして札幌へ帰ってくる。
そしてもう片割れの3両編成が翌日の913Dとして札幌へ帰ってくる。
運用としてはとてもユニークな列車で、913Dでスタートした列車は小樽まではキハ201系3両で運転される。そして小樽到着後、731系が連結され、キハ201系+731系の6両編成の913M列車となり札幌まで運転される。札幌到着後、キハ201系は731系と切り離されバトンを731系に渡して731系は終着苫小牧へ、キハ201系は苗穂運転所へ帰るという運用になっている。
この列車の登場当初はキハ201系が終着札幌まで先頭を勤めていたが、札幌止まりでなくなった時からキハ201系は小樽から6両中後ろ3両となる編成に変わった。というのも731系は札幌から先もあるわけだが、キハ201系は札幌止まりだからである。なので併結時、登場当初は小樽で731系は余市方に引き上げて913Dの到着を待って余市方から小樽駅構内に入線し、キハ201系と連結したのだが、現在は731系が苫小牧まで走るため編成の前につかなくてはならない。そのため札幌方で913Dを待ち、入線後に札幌方から構内へ入り連結するのである。登場当初から行き先や連結スタイルは変わったものの913という列車番号だけは変化がない。
さてこの913Dに乗る機会があったので乗ってみることにした。乗車は07年10月28日のこと、もう晩秋真っ只中である。
朝4時半に札幌を出てひたすら倶知安を目指す。まだ夜が明けない暗い中、中山峠を越え、京極を通って倶知安へ。遅くなってしまい間に合うかハラハラものだったがなんとかセーフ。到着は6時頃だった。
早速駅へ入ってみるとすでにキハ201系が入線している。乗車券を購入するもまだ改札は始まらない。都会の駅なら何時でもホームに入れるが、田舎はそうはいかないのである。
はやる気持ちを抑えつつ改札の時を待つ。そして発車10分ほど前に改札開始。倶知安駅はかつて胆振線も乗り入れていた。しかし廃線後は胆振線のホームだった1番線を廃止、線路も今はない。しかし1番線は今も健在で、現在使われているホームは廃線後も1番線2番線に改められず、2、3番線として使われている。そのため倶知安駅1番線発の列車は存在しないのである。その2、3番線へは弧線橋を渡らなくてはならない。
ようやくホームに到着。階段を下りた先には夜がやっと明けたホームにアイドリングの音を響かせてキハ201系が3番線で待っていた。今日のお相手はD−104編成である。列車自体苫小牧行きであるため、倶知安駅で「苫小牧」の表示を見るのは妙な感じすらする。

出発を待つキハ201系。今回相手をしてくれたのはD−104編成だった

倶知安駅で苫小牧行きの表示を出すキハ201系。これがもし伊達紋別行きだったら・・・
07年10月のダイヤ改正から自動放送が男性アナウンサーの声に変わった。そのため、時折ホームには乗客が自分でドアの開閉をして乗り降りをする半自動を告げる放送が流れる。
すぐに反対側の2番線にキハ150系2両の長万部行き普通列車が入ってきて、起き抜けのホームはにぎやかになる。
倶知安駅の長万部方のホームからは大きく後志の象徴である羊蹄山が見える。その羊蹄と通勤型のキハ201系はものすごくミスマッチな光景に写った。

キハ201系と羊蹄山。何か変な光景に映る
6:22分、定時で913Dはエンジン音を高々に倶知安駅を後にする。この913Dはワンマン列車がほとんどのこの区間に車掌が乗務する数少ない列車である。倶知安を出ると途端に田舎風景になり、山間の景色に変わる。
紅葉もそろそろ終わりを迎えていた山々、赤みの強い朝日に照らされその色がより一層引き立てられている紅葉を通勤型のロングシートで体を横にして眺める、なんとも妙な感じである。リゾート列車のラウンジにも同じ座席配置でソファーが設置されているものもあるが、ロングシートとそれとは同じ向き、同じ進行方向でも全く違ったように思える。
流れ行く晩秋の景色を窓という1つのキャンバスから眺める、旅の醍醐味の1つではないかと思うが、しかし通勤型の車両から見る景色にしてはあまりにも妙な感じがする。
日曜の早朝とあってか車内はガランとし筆者を含め2人しかいない。その車内には倶知安峠を軽快に駆け上がるエンジン音だけが響き渡る。
制限速度が低いためか高性能なキハ201系には少し物足りない走りにすら思える。
やがて最初の停車駅小沢に到着。古きよき時代、そして小沢から岩内線が延びていた当時の記憶を刻んだ木造の弧線橋とステンレス車体が実に似合わない。しかし、通勤型のキハ201系にとってこうしたありえない車窓、ありえない風景、似合わない光景が山線を駆けるキハ201系ならではの味わい、わざわざ乗る意味合いなのである。
小沢を出るといよいよ稲穂峠越え。難所の1つとされた稲穂峠、かつてSLが重連で黒煙を上げて挑み現在のキハ40も精一杯で挑む峠であるが、駆け出しからまるっきり急勾配を感じさせないダイナミックな走りを見せるキハ201系、いざ稲穂トンネルに入るとその加速はさらに上がる。快速運用でもあまり入らない4ノッチまで入っていた。トンネル内を進むキハ201系の車内はまるで地下鉄のようである。

キハ201系が稲穂トンネルに爆進
それにしても左右の窓が山に囲まれる風景、非常に合わないものである。
トンネルを抜けるとそこは銀山。SLの撮影となると人が集まる名所の1つを通勤型気動車が駆け抜ける。
そして人気のない銀山駅へ到着。ワンマンカーではないので、整理券で乗車証は行えない。そのため、無人駅がほとんどなので、発車後車掌は乗務員室を出て車内を歩き、無人駅から乗った乗客の車内改札と乗車券の発券を次の駅までの間に行う。ワンマン仕様の線区に車掌付列車が入るというのはなかなか大変なものである。

紅葉が朝日を浴び一層色鮮やかな銀山駅に到着
銀山をあとにするとあとは山を下る。駅の発車時には加速のためにエンジンはうなっていたものの、それ以外は時々ブレーキをかけるだけで山を転がり落ちる感じである。

流れ行く田園風景は札沼線とはまた一味違ったもの
そんな中、車窓の景色はにわかに朝霧に包まれ始める。やがて然別に到着。すると反対側には待ち合わせ列車が待ち焦がれるように停車していた。

キハ150系の対向列車と然別で交換。同じ苗穂運転所所属車である。
列車交換を終え然別を出た辺りからは濃霧に囲まれる。こんな光景も山線だからこそではないだろうか。濃霧のため、長い汽笛を連続で鳴らし周囲に存在を知らせながら走るキハ201系というのも山線を走っている証ではないだろうか。

車窓の景色は霧で白一色になってしまった
やがて仁木を過ぎ余市へ。ここで初めての有人駅となる。中規模都市であるためどっと車内の人数が増える。これが平日であれば通勤客でごった返しここでキハ201系の本領発揮ということになるのであろう。
一気に増えた乗客を乗せて時折海が見える蘭島、塩谷を通って小樽へ。
定時で小樽駅に入線する。4番線に入線した913Dはここからは913Mとなる。そして向かいの5番線には先発の新千歳空港行きが止まっている。当然乗客の大半がそっちへ乗り換えて先に札幌へと向かう。その間、小樽駅札幌方に引き上げてその時を待っていた小樽からの相棒の731系がゆっくりと入線してくる。この日はG−103編成である。

札幌方に引き上げて待っていた731系が入線してきた
そしてかなり手前で一旦停止。ここで誘導員を乗せる。貫通戸を開放しそこから誘導員が目視するなか731系はさらにゆっくりとキハ201系に接近。この間キハ201系は連結準備を行う。ジャンパー線の準備に連結器カバーの取り外しを行って待っている。ゆっくりと歩み寄る731系、そしてまた一旦停止。ここで731系も連結準備をする。

一旦停止し、誘導員を乗せ連結準備をする
そして「○○m」の指示の元ゆっくりゆっくりキハ201系に最接近し、そしてやっと静かにドッキング。なにしろ相手のキハ201系にはすでに乗客が乗っているわけだから、ガツンとやるわけにはいかないのである。ここが運転手の腕の見せ所ではないだろうか。

向かい合うキハ201系と731系

連結完了、ジャンパの接続を行い、幌枠をつけているところ
そして双方のジャンパー線の取り付け、731系側についている幌枠のを伸ばして取り付けが行われる。しかし、今回見た限り、自動連結である幌枠が手動で接続されていた。確か731系の幌枠はエアを使い自動で接続できるはずではなかっただろうか・・・と思いつつ連結作業の見物を終えるのだった。

幌枠がつけば連結完了
そして3両編成だった913D列車が電車の731系3両を加えた6両編成の913Mとなる。発車は7:35分、到着の7:23分から発車まで12分間にこの一連の作業が行われる。
そして定時で小樽を発車。先頭の731系からの操作によってエンジンがうなりを上げ小樽駅を出発。ここから電力とエンジンのコラボレーションの始まりである。はやり、出だしは電車の方が早いせいか、少しキハ201系がもたつき、ググっと引っ張られる感覚はあるものの、まるっきり相違ないその走りに改めて関心した。
こうして運転されやがてSLニセコが発車を待つ札幌に到着、今度は切り離し作業である。すでにキハ201系側の方向幕は回送を表示していた。731系はバドンと受け取り苫小牧まで走り抜けるが、早朝倶知安を出て山を越えてきたキハ201系は寝床の苗穂運転所へ引き上げ、913D、913Mの運用を終えるのである。
普段札沼線や函館本線でモタモタ走る姿とは全く違ったダイナミックでパワフルな走りを函館本線山線では見せてくれるのである。
現在キハ201系は朝の函館本線の911M、912Mとして731系との併結運転が行われる他、倶知安行きニセコライナー、札幌→江別で3953D「区間快速 いしかりライナー」として、また江別方面から札沼線への直通列車や、札沼線 札幌―北海道医療大学で運用されている。なお、一時期、散水列車やサイクルトレインとして走った実績もある
車体傾斜システム、電車との協調運転など、JR北海道の開発した画期的な技術の元存在する913列車、残念ながら車体傾斜システムは現在停止状態だし、普段のノロノロ運転ばかりではあるが、そんな普段の姿とは全く違ったキハ201系の素顔を垣間見る、そして周りの景色などとのミスマッチを体感しに乗車してみてはいかがだろうか。
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