特集 第40回 SL冬の湿原号を求めて

 

2008年2月27日掲載

 

1月も最後の週に入った週の初め頃、筆者はそれを突然決めた。「今週末釧路へ行こう!」と。

今年に入り、久々に本気で走るSLに会いに行きたいなとは思っていたのだが、テレビで運転開始のニュース映像を見た途端、その思いは一気に高まり、爆発したかのように筆者を動かした。

そして、行くなら2月のいつかだな・・・とは思っていたのだが、自分自身、まさか本気で行くという決断をしたその週の翌週末になろうとは思っても見なかったのである。

2月はあれこれとありそうだし、3連休といっても混雑する、3日を有効に使いたい、そして今週末は暇である・・ということで急遽決めたのだ。

そして決定の翌日の夕方、終業と共に駅へ向かい「まりも往復割引きっぷ」を買っていた。決行日は一週間の仕事を終えた2月1日金曜日深夜である。

 

日程はこうだ。金曜の夜行特急「まりも」で釧路へ向かい車内で車中泊、土曜の早朝に着いて土曜日中を使ってSLを撮影し、その日の夜行特急まりもに乗り日曜の早朝に札幌へ戻るというハードでありながら、金曜の就業時間から週末をフルに使う限られた時間を効率に使う方法である。さらにここで力を発揮してくれるのはプラス3000円を払うだけでよいレンタカーオプション券でレンタカーを使い撮影に挑むという方法である。これだと本数が少なく、決して効率的に回ることが出来ない列車移動よりもスムーズに、円滑に動くことが出来るのである。しかし実際はレンタカーをレンタルする作業が難航したというのも事実であるが、金曜の夕方になんとか抑えることが出来た。これで釧路へ着いたあとは自由に動き回れるのである。

 

さて、一週間の仕事を終えた金曜の夜、いつもならば開放感に浸りながら過ごす時間をあたふたと過ごす筆者の姿があった。仕事終了と同時に釧路遠征がはじまっているのである。

まずは準備を。ぬかりのないように、非常事態のことも考えての準備も忘れずに。夜行列車での移動になるため、その日の疲れを夜行列車で癒すことになるわけだが、金曜は一週間の疲れが、土曜はその日1日の疲れが溜まっているのである。それを座席で寝るという形で取る事になるので、リュックには着替え類と共に小さめの毛布を準備した。列車で寝る場合、車で寝る場合にも有効である。

そして22時頃、荷物を担いでいざ遠征へ。考えてみれば特急に乗って地方へ出向くというのは2、3年ぶりになるのではないか。車を手にして以来は車ばかりになってしまったからだ。しかし、冬の日勝越えは危険を伴うためと、ガソリン価格の高騰で往復1万のガソリン代がかかると予想されたため、それならば列車とさほど変わらないと考えたため、楽できる列車で行くことにしたのだ。もちろん自分の車で行くことがいかに便利で快適であるかは承知の上ではあるのだが。

 

自分の家の最寄のバス停からバスに乗るというのは実に車を買ってからは初である。

まずは札幌駅へ向かう。夕方の便でフライを終えた旅行者が乗り込んでいる快速エアポートで札幌へ。というのも最終バスで最寄り駅まで向かうのだが、それだと駅でまりも到着を相当待たなくてはならない。とあらばこちらから一旦札幌まで迎えに行った方が早い。

札幌駅に到着後も寒いホームでしばし待たされる。やがて電光表示板に「まりも」が表示される。しかし、「臨時特急 まりも」という表記ではないか。そう、昨年(2007年)10月のダイヤ改正からまりもは週末を中心にした臨時列車の運転体系、扱いになってしまったからだ。

ただ「急行まりも」時代から「特急おおぞら」、「特急まりも」と名前は変われど受け継がれ、毎日闇夜を切り裂いて走って来たドル箱路線の夜行特急ですら臨時扱いになるということの寂しさと、夜行列車、鉄道離れを実感させられる。

 

臨時特急という表示に寂しさを覚えてしまった

 

やがてホームに列車の案内放送が流れ出した。この放送は札幌駅では特急、急行列車の発車20分前から10分前までの10分間に3回ほど行われるもので、自由席や号車案内などが行われる。「臨時特急まりも」の案内に混じって、隣のホームから別な案内が聞こえてきた。それは同じ夜行特急でも網走に向かう「オホーツク81号」の案内である。と、同時に23:05分発の「スーパーカムイ55号」の案内も行われている。昔から比べればずいぶんとL特急の店じまいも遅くなったものである。というのも、そもそもこの時間にはかつて稚内行きの夜行列車「特急利尻」が、特急化の前には「急行利尻」が走っていたのだが、こちらも臨時化されてしまい、夏を中心にした運転になってしまったため、この利尻が負っていた通勤客の帰りの足の役割を担う列車が必要になったのである。

実際利尻は江別にも止まっていた関係からか、旅行客に混じってスーツ姿のサラリーマンの姿も見られ、途中の江別、岩見沢と言った駅で降りていく姿が見られた。

さて、隣のホームには「スーパーカムイ55号」が入線してきた。789系1000番台と785系の共通運用のスーパーカムイは運用次第でどっちが来るか分からないのである。今日は785系であった。そしてこちらのホームにも到着放送と共にまりもがエンジンを響かせて入線してきた。

今日は釧路方からキハ183−6+キハ182−5+フハネフ12−505+キハ182−40+キハ183−101という編成だ。全てオリジナルのキハ183系で構成され、さらに札幌方の先頭車は青ボウズこと電源車であるキハ184から生まれた先頭車100番台である。

程なく8番線に「臨時特急オホーツク81号」が入線してきた。これだけキハ183系がそろうとエンジン音で駅構内が沸き立つ。オホーツクも流氷観光シーズンだけ運転される夜行特急である。元々は急行大雪→特急オホーツクであったが、こちらも利用客の減少で現在の臨時扱いになっている。この列車は唯一夜行特急でグリーン車を連結する列車である。翌日寝台を抜いて昼間特急のオホーツクで網走から戻すためである。このグリーン車も半室が普通車というオホーツク用の「キロハ182」が使われている。

それにしても淘汰され続けている国鉄型のキハ183系がこうして揃うのもいつまでなのだろうか。

 

まりも、スーパーカムイ、オホーツク81号の並びである。

 

やがて最終のL特急スーパーカムイに遅れること3分、23:08分定刻どおりまりもはエンジン音を高々に夜の札幌市内を釧路へ向けて走り出した。

しかし、停車、発車を当たり前のように繰り返すはずが、なぜか始発駅で動き出す瞬間だけいつも他の駅とは違う感覚、感情になるのは不思議なものである。

闇の中を昼間の特急より遅い速度で、しかし確実に釧路へ向けて走るまりも、やがて最初の停車駅新札幌に到着。乗り降りする人の姿はまばらで駅も看板の電気が消されたりと眠りの準備に入っているようである。

列車は札幌市内を抜け、北広島、恵庭、千歳と3市に渡って走る。そして南千歳到着。ここから室蘭・函館、新千歳空港方面から来て待っていたと思われる乗客がドカドカっと乗ってくる。おそらくこれ以上の乗降はないはずと思われる。

 

元電源車のキハ183−100番台特有のデッキ。電源装置が車両の半分を占拠している

 

デッキには寝台でおなじみの折りたたみ式椅子が設置されている。決してデッキなので暖かくもなく、座りもいいいすではないが、ここから車窓を眺めていると上質な時間の流れを感じることが出来る。

 

列車は南千歳駅を離れ、大きく東よりに進路を変えて石勝線へ入っていく。窓から見えた光の矢が見えない山間部に入ったようだ。少したって日付が変わった頃に追分駅に到着。人も列車の姿もない駅構内をこうこうと電灯が照らしている。

追分を出た後、車掌が車内を回って歩き明かりを落とし始めた。そして蛍光灯が消され非常灯のような明かりに切り替わる。同じ車内でも電球色一色になった車内は独特なムードが流れる。

この辺りで洗面を済ませ寝る用意をする。今から寝ないと翌朝6時前には降りなくてはならないので寝る時間がなくなってしまうのだ。

座席を倒す人、誰もいない前の列の席を回転させ、4つ使って寝る人、薄暗い電球色の車内で静かに1人で常闇の車窓を眺めながらチビチビやる人、様々な姿が見える。

 

明かりが落とされ夜行列車にも夜が来た。昼間列車と違った独特の雰囲気の中でエンジンのうなりとジョイント音だけが聞こえる

 

眠りに就こうとしたところ、やはり気動車特有のノッキング、エンジン音がどうにも気になる。元々座席で寝るというのは決して寝心地がいいものではないが、揺れるほかに音、ノッキングなどの振動が眠りを妨げる。池田以外の駅は停車したことを覚えているほどである。やはり列車で睡眠をとるというのは無理なのかもしれない。

白糠を出た辺りからすでに寝ることすら出来なくなってしまい、5時20分頃、車内灯が灯される。それと同時にぞろぞろとトイレへ、洗面へ向かう。昼間特急ではありえない光景だ。

その後はおもむろに降りる準備をそれぞれ始める。倒していた座席を戻し、布団の変わりに使っていたものなどを片付けたり、枕の代わりにしていた上着を着たり。

日の出が早い道東ではあるが、2月初めの5時過ぎはまだ夜明けは程遠い暗闇に包まれ続けている。

そんな真っ暗な中に市場の活気付いている明かり見えたり、食品工場の明かりが見えたりと、ところどころに人の気配が垣間見える。そして新富士を過ぎたあたりで釧路運輸車両所の横をすり抜ける。真っ暗な車両、発車準備をしている特急車両が見え隠れする。

程なく一晩いてつく寒さの中を走り続けた特急まりもが定時の5時50分終着釧路のホームに滑り込む。降りてゆく乗客は皆寝ぼけ眼や大あくびをしていたりする。

ようやく釧路駅の東側の空が赤色に色づいてきたという感じである。そのまだ暗い駅に

根室行きの「快速はなさき」が、さらに網走行きの普通列車が「まりも」からの乗り換え客を待ち焦がれている。にわかにまだ暗い釧路駅が案内放送と3つの列車から出るエンジン音で沸き立つ。

やがてまず最初に「快速はなさき」が根室へ向けて、続いて網走行き普通列車が共に各方面へ飛び出していった。

そして最後に残ったまりもの編成も、乗務員がそれまで最後尾だったキハ183−101に乗り込んだ後、今来た道をねぐらの釧路運輸車両所へと戻っていった。夜行列車の睡眠時間はこれからなのだ。

 改札を抜けて釧路市内へとりあえず出てみることに。まだ夜明け少し前の外はたちまち顔が凍ってくるほどの寒さ。雪がない分底冷えがするのだろう。しかし札幌に比べると同じ北海道なのだろうかと思うほど雪がない。ただわずかに残った雪が日中ゆるみ、夜に凍るということを繰り返しているためか、いたるところにスケートリンクのような顔が映りそうなほどのアイスバーンが出来ている。

 

夜が明けぬ改札口ですでに始発の特急列車が表示されている。

 

 駅前にはちょうど釧路氷祭りの開催日と重なったためか大きな雪だるまが佇んでいた。その雪だるまの背景の空が赤く色づいている。駅の待合室で暖を取ろうにもさきほど乗ってきた列車の乗客がひしめいているので無理ということもあって、朝日の光に誘われるようにフラフラとそっちの方へ歩き出してみた。

 

動輪のオブジェは各所で見られるが、朝焼けと見ると格別である。

 

 駅のちょっと先にある弧線橋から朝日を撮ろうと考えたためである。そこになにやら駅の方からアイドリングの音が聞こえてきた。振り返ると6:32発札幌行きの特急「スーパーおおぞら2号」がすでに入線し、乗客を待っているではないか。まだ夜が明けぬうちから出勤である。札幌圏では始発の特急が最も早いスーパーカムイでも7時近いが、地方から札幌へ向かう列車の開店は早いようだ。

 弧線橋にたどり着いたものの、電線がどうにも邪魔くさい。交わそうにも弧線橋ゆえ限られた範囲でしか動けないため電線をどうしても交わしきれない。そこで一個先にある「旭弧線橋」へ行ってみることにした。それにしてもジンジンと冷えてくるほどの冷え込みに加え、足元が非常に悪い。 やっとたどり着いてここで日の出前の赤い光に染まる空を撮影できた。

 行きはどこがいいか、もっとあっちがいいか、どう撮ろうか・・などと考えて歩いているためか距離感を感じないが、撮影終了後はやたらと駅までの距離を感じてしまう。

 

オレンジの朝焼けに染まる東の空。はるばる駅から歩いた甲斐があったというものだ。

 

 駅へ戻ったらまだ待合所は夜行の乗客と、朝の列車の乗客で満員御礼。とはいえ他に暖をとれそうな場所はない。レンタカーはレンタカー会社が開く8時からしか借りられないのでどうしょうもない。

 そこで和商市場へ行ってみることにした。釧路へは何度か足を運んでいるが、和商市場へは行ったことがなかったのだ。

 明るくなり始めたとはいえまだ街は眠りについた状態。そんな中市場だけにさぞ活気付いているだろうと思い行ってみると、入っていいのか分からないような閑散とした感じで、まるで開店前のスーパーのようである。

 しかし、先ほどの夜行列車で見た顔が中にあったので、開店していると判断し入ってみることに。

 市場であるのに忙しそうに動き回る人や物・・・さっき水揚げされたばかりの活きのいい魚たちが店頭に躍る・・・といった姿はなく、魚屋の店頭は空っぽという店も多く、まだ店主が来てもいないという店もちらほら。

 観光客目当ての市場なのだろう。それに筆者の姿を見つけると途端に呼び込み合戦が始まる。そこで筆者が気に止まったのは「シシャモの子」というものだった。トビッコのような感じにつけてあるもので、普通そんなものはまず売っているところがない。値段もそう高いわけでもないので1つ買ってみた。釧路ならではの品ではないだろうか。

 

 和商市場を後にして駅方面へブラブラと戻ることにした。しかし待合所は夜行で着いた乗客は半分以下になったものの、今度は各方面へ向かう列車へ乗る地元客が占領していてとても入れそうにない。仕方なくまだ出来たばかりだと思われるバスの待合所へ行くことにした。ほかに暖をとれる場所がないためだ。

 しばらくそこで雑誌を読んだりして8時まで時間をつぶす。しかしいくら土曜とはえ、7時半近くまで広いバスターミナルに1台もバスの姿がないというのはいかがなものだろうか。特急の目覚めは早いものの、路線バスの目覚めは極端に遅いようだ。

 

 8時近くなったところで移動し手続きをしてレンタカーを借りた。これで行動は制限をうけないし、寒さもしのげる。

 早速市内を流してみることに。春採湖までならナビなしでも行けるのでせっかくなのでちょっと行ってみた。全面結氷しているので一面真っ白である。そこに朝日が当たっていていかにも冬の朝という感じがする。

 近くのコンビニに立ち寄った後、いよいよ釧網本線へ向かう。札幌と違い路面は非常に走りやすく、雪山なんてものは道路わきに一切見られない。

 今回足になってくれたのはホンダのフィットだった。

 

9時半頃、まだ溶けきっていない川霧が樹木の枝について凍ってできる霧氷を見ながら撮影ポイントの1つである「釧路湿原―細岡」の踏み切りへついてしまった。SLはまだまだやってこない。そこで、少し山を登ったところにある細岡展望台へと足を運んでみることにした。

 除雪なんてされてるはずもなくどれだけ雪深いだろう・・・と思いきや、数センチ程度の積雪しかなく楽にたどり着くことが出来た。

 昨年9月に一度訪れているが冬の景色はまたいいもので、茶色の湿原の中に結氷している白い川筋や遠くには真っ白な雪をかぶった雌阿寒岳、雄阿寒岳を初めとした山々が連なりまさに雄大な景色である。また、都会の騒々しさが信じられないほどの静けさで、聞こえてくるのは時折聞こえる鳥の声や、枯葉が微風でこすれあう音ぐらいであり、まるで湿原が活気付く春に向け沈黙を保っているようである。

 

遠くに雌阿寒、雄阿寒を望む細岡展望台。そこには広大な景色と静けさがあった。

 

 まだ時間が余っているので、第二候補の塘路駅方面へ向かってみることにした。20分程度車を走らせ到着。SLで到着する乗客を待ち受けるためか、すでに観光バスが数台駅前に到着し、乗客がやってくるまでの間乗務員同士で和気藹々としている姿がみられる。

 この近くにある踏み切りを視察してみたのだが、ここで撮ることはしなかった。理由として、ロケーションはいいが人が駅近くということもあり集まりやすそうだということと、SLが駅に停車するため煙に期待できたいということから却下になったのだ。これが普通の気動車ならばなんら問題はない場所ではあるものの、モクモクと煙を吐いて本気モードで走るSLを追い求めてはるばるやってきただけに、煙の量が少なくなる要因がある場所は避けたいものである。

 

 再び最初に行った釧路湿原―細岡のポイントへと引き返した。そしてそこで撮ることに決め構図をしっかりと決める。しかし、線路の左右どちらから撮っても絵になりそうな場所で、踏切を何度も何度も渡りなおしてアングルを決めた。それほどどっちにしようか迷う場所であった。単線で非電化区間だからこそなのかもしれない。

 時間まで車内で待つことに。そして5分前にいよいよSLとの勝負に向かう。しかし通過時間を過ぎてもやってこない。SLゆえのことだろう・・と思っていた矢先に汽笛が聞こえてきた。

 慎重に露出、絞りをセットしなおし、確認し置きピンをする。三脚には動画撮影のためにデジカメもセット。

 

 やがてカーブの先からドラフト音が聞こえてきた。本気で走っているSLならではの力強い音である。

 ファインダーを覗きながらその姿がフレームに入ってくるのを待ち、やがて黒い車体が写りこんできた。慎重に編成がきれいにフレーム内に収まっているか、露出絞りは適正かなどをチェックし、射程距離に入ってくるのを今か今かと待つ。しかし以外と速度が遅く、高鳴る、そしてあせるような気持ちとは裏腹に、なかなかシャッターポイントへ入ってこない。

 そして射程圏内に入った瞬間にシャッターを切った。SLは遅いのでまだ行ける。夢中でズームアウトし、ピントの微調整をしながらシャッターを切り続け、結局3枚写し取ることが出来た。

 SLはたくさんの乗客を乗せ、煙をたなびかせ、石炭の燃えるにおいを漂わせて標茶へ向かっていった。

 まずは最大任務が終わったことでホッと一息。そして標茶へ筆者も向かうことにした。

 

これが撮りたくて、見たくてはるばる来たのである。

 

 国道を走行していると、茅沼を過ぎた辺りで湿原の向こうの上空に黒煙が上がっているのに気づいた。SLか?と思ったのだが、SLが去ってからしばらくして先ほどの場所を離れたため、まさか・・・という感じはした。しかし、さらに線路に近い道を走っているとなにやらカメラを構えた人が大勢橋の上や沿線に並んでいる光景が見られるようになり、ふと横を見たらまさにSLが筆者と追いかけっこをしている状態であった。速度が遅いため、余裕で追いついてしまったようだ。こうなれば先回りして1枚でも撮ってやろうということになり、先回りして人が集まっているところに車をめ、カメラをもって外へ飛び出す。

 すぐに黒煙を吐きながらSLがやってきた。思いがけずに走行写真を再び撮ることができた。

 その後もSLとデットヒートで標茶に向かう。しかし残念ながらこちらが信号に引っかかってしまったため勝負はSLの勝ちであった。

 

 駅横の駐車場へ入った時にはSLはすでに到着済みで人だかりができていた。ただ、気になったのは思い思いに撮影するのはかまわないが、駅構内の線路内に入り込んだり、線路を渡って反対側へ向かう人の姿もみられ、中には注意を受ける人の姿もあった。こうした行為が許される範囲の時代もあったようだが、現在はなにかとうるさく言われる時代であることから、個々人のこうした身勝手な行動によって、今後柵やロープで仕切られたり、気持ちよく思い思いに撮影できなくなるような状態にされたり、せざるを得ないことになってしまってSLムードに水をさすことにならないか、少し心配になってしまった。撮影で周りが見えなくなってしまうのかもしれないが、本当にその場所で撮ってよいのかなどを撮る前に、自分の世界に入ってしまう前に再確認する必要があるのではないかと感じた。

 

標茶に着いたSL冬の湿原号。どこで見てもSLはいつも人気者だ。

 

SLでの客車の入れ替え、そして抜けるような青空の下で行われた機関車の入れ替えや給水、石炭の補充作業を見たのは初めてであり、ディーゼル機関車の手伝いなしで走って来たSLだからこその光景だろうなと思いながらその光景をフィルムと頭に焼き付けた。

 

こうした光景が見られるのも冬の湿原号だけではないだろうか。

 

標茶駅の改札口。客車が待つ中、改札中の案内が電光表示が主流の今、プラスチック製ではあるものの、昔ながらの「掛札」が使われているのが嬉しい。

 

 SLが標茶を離れる20分前、一足先に標茶を出て次なる撮影ポイントへ向かう。今度は茅沼である。

 沿線にはところどころにすでに人が集まっていたりする。やはり湿原号の人気の高さゆえだろう。

 茅沼へついた後は、駅に来るタンチョウをみようとホームへ足を運んだ。以前来た時は6,7羽いたのだが、夕方が近いということもあってか、この日は3羽しかおらずそれも3羽とも眠そうにし、片足立ちで寝ているものもいた。

 

寒さの中眠るタンチョウ。この日は三羽しかいなかった。

 

 駅から少し釧路よりにある踏み切りへ。しかしここで工事をしていたため、踏切からアップで狙うのは無理と判断し、横から狙うアングルへ急遽変更。

 すでに数名集まっている中、筆者のあとにも数人集まってきてた。タンチョウと絡めて撮るという考えなのだろう。

 そして静かにSLが茅沼駅に到着。ほどなく期待していた黒煙を高々に上げて発車。タンチョウに配慮してなのだろう、あの山々にこだまし続け、近くで聞くと体の骨格から痺れるような汽笛は一切なく静かな発車である。

 速度が遅いため、ドラフト音を響かせながら走ってくるシーンを5、6枚撮影することが出来た。逆向きとはいえ、なかなか絵になるものである。

 そして最後は肉眼でその姿を見送り釧路遠征の任務は終了した。今回は風もなく、天気も最高でまさにSL日和であった。

 

空を真っ黒に染めて走ってくる姿こそ真のSLの姿だろう。

 

続いては茅沼温泉へ。この場所から1km行ったところにそれはある。以前来たときも駅からはるばる歩いて行ったものである。寒い冬には温泉はたまらない存在ではないだろうか。

その茅沼温泉「憩いの湯かや沼」は源泉かけ流しで、湿原に沸いている温泉ながら、モール系の茶褐色ではなく無色透明である。

早速冷えた体を温めるべく湯に浸かる。凍っていた体が一気に溶けるようだ。

そしてなんと言っても露天風呂が実によい。ヒノキとカラマツ材で作られた湯船にも源泉がかけ流しで注ぎ込まれ、目の前にはシラルトロ湖が広がる。木々の葉がないこの時期は対岸の道路を行く車までもが見えるほどである。雄大な湿原の風景の中で入る温泉は他では味わえないだろう。

 

時にタンチョウも駐車場にやってくる茅沼温泉「憩いの湯 かや沼」

 

日も暮れた17時過ぎ、温泉を後にし釧路へ戻る。これが列車移動ならばこうした悠長なことはできないだろう。

1時間もかからずに釧路駅へ到着。レンタカーに給油して貸し出し時間終了の19時に返車を終わらせた。

しかしその後、急に暖をとる場所も、足も失ってしまった。19時の釧路といえばどこも閉まってしまうという経験があるため、帰りの夜行までの4時間どうすればよいか若干途方にくれる感じさえする。

とりあえず必要最低限の荷物だけにし、残りはコインロッカーに預ける。そして夜の釧路へ繰り出した。

駅近くにあるスーパーへ立ち寄った後せっかく来たのだし、釧路といえば「幣舞橋」ではないだろうか。そこで幣舞橋を折り返し地点として歩くことにした。

寒空の下、しかも湯上りなので寒さが身にしみる。幣舞橋の付近も釧路氷祭りの会場になっているようなので向かったのだが、すでに路面が氷祭り状態で、あめを流したような路面があちらこちらにあるが砂や融雪材は一切撒かれていない。

まずはフィッシャーマンズワーフMOOへ。19時過ぎだとすでに全店で閉店である。開いているのは植物園くらいだ。

観光客が買い物できる場所がそこしかないような存在のフィッシャーマンズですら、早々と店を閉めてしまうというのは考えものではないだろうか。

なぜか以前来たときもそうであったが、学生カップルがいちゃつく場所となっている植物園を通り抜け裏側の釧路川へ。薄暗い中、目が慣れるといちゃつくカップルが目に付く植物園は何か異様な感じすらするが、他にしけこむところがないからなのだろう。札幌などの大都会と違ってしけこむ所すらないというのは少し可愛そうな気もする。

 

薄暗い植物園には昼間とは違った雰囲気が流れる

 

太平洋からの風が寒々しく、また川を覗き込むと流氷のようなハスの葉氷が数個漂っているという実に寒々しい光景に身を震わせつつ、なにやらライトアップされている場所へ行ってみた。そこは子供用の氷の迷路であった。支笏湖の氷濤祭りのような空気の入っていない透き通った氷ではないが、色とりどりのライトが当てられている氷の迷路もなかなか幻想的である。

 

釧路川に浮かんでいた蓮の葉氷。湿原から流れてくるようだが、数年前に訪れたときに比べ明らかに量が少なかった。

 

幣舞橋から見る夜の景色も美しい。

 

どこかで夕食をとろうにも店が閉まっているか、居酒屋ばかりでどうにも入るところがない。この辺を少し変えないと釧路には観光客は集まりにくいかもしれない。

結局スローペースで歩いたものの、駅についてしまい仕方なく夕食もコンビニのお世話になることになってしまった。夜なので弁当類も残りが少ない。

駅で買った弁当を食べこの日の食事は終わり。あとはひたすら残り2時間を駅で過ごさねばならないのだ。

釧路発の特急「まりも」は23:30分発であるが、30分以上前に待ちきれないかのように入線してきた。行き場がなく、薄ら寒い待合所でひたすら暇をつぶすしかない夜行の乗客にとってありがたいものだ。

 

着いた時と同じく改札の向こうは暗闇。まりもの後はもう釧路を出る列車がない。

 

しかし、釧路駅近くにもう少し娯楽施設などがあると便利だろうなと感じた。銭湯すらないのだから。

この日はさすがに疲れすぎたこと、この時期は寝台が3000円であること、自分自身まだ寝台というものに乗ったことがないこと、そして夜行列車、寝台列車が淘汰される世の中になっていることを踏まえ、では3000円投資して寝台に変えようということにし、寝台に指定券を変更した。

やはり気動車に連結しているのに客車である寝台の中は実に静かである。14系ではあるものの、給電は気動車から行うので発電エンジンを回す必要がない。

B寝台の下段であったが、来るときより乗客が少ない。夜行列車が淘汰される原因の1つ、需要の低さを裏付ける感じがした。

こんなせまいところで寝れるのか?とは思ったものの、座席ならば3つ分あろうかというスペースなため、意外と寝やすい。発車まで時間があったので、反対側のホームまで向行って写真を撮ったりと釧路での最後の時を過ごした。

 

開放B寝台でも座席よりは数段快適に過ごせるが、通常料金6300円は少し高い気がする。

 

昔は釧路駅の地下通路にも集改札があり、そこを抜けるとステーションデパートになっていてみやげ物を買うことが出来た。しかしステーションデパートがなくなってからというもの集改札もなくなり、窓越しに中を覗いてみたが今は真っ暗な空間が広がるだけになっている。なにか釧路の衰退を物語る気がした。

やがて根室からやってきた快速「ノサップ」の到着を待ってからのようにまりもが釧路駅を離れるときが来た。遠くの方で気動車のエンジン音が聞こえる。と同時にガクンと動き出す。今日の編成は昨日の折り返しの編成なので全く同じである。もし、特急「とかち」が釧路持ちの運用であり続けたならば、編成が変わっていたかもしれない。

 

発車の時をまつ。折り返しは100番台が先頭を勤める

 

まりもの発車と同時に先ほど着いたノサップがねぐらへ向けて走り出ししばらく併走した。少し変わった流し撮りである。

 

しばし矢のごとく流れ行く風景を見てから今日はギブアップ寸前だったため、ノックダウンする前に洗面などを済ませておく。

白糠を出た辺りまでは覚えているがその後はB寝台のベットで意識不明に陥っていた。

 

矢のごとく流れ行く町の明かり。車内灯が当たるところだけが照らし出される。

 

新釧路川を通過中。川に写る明かりも共に流れ行く。

 

気がつけば南千歳を出た辺り。座席より格段に寝やすかったことが証明されよう。振動がなければ動いているのかすら分からないような客車に揺られて初めての寝台での残り少ない時間を過ごす。

そして6:20分、定時でまりもは札幌駅へ滑り込んだ。こうしてSLを追い求めての釧路遠征は何事もなく終了したのである。

今回は久々の特急での旅であった。今淘汰され続けている夜行での行程でり、近い未来貴重な経験となるかもしれない。スピードや効率ばかり求められるようになってしまった現在の鉄道事情とは裏腹に夜行列車には独特の時間が流れ、雰囲気がある。確かに車窓は真っ暗闇で何も見えず、車内は薄暗くされてしまうし、昼間特急ならば数時間のところを一晩かかってやっとたどり着くという遅さの面もある。

しかし、速度の速い昼間特急では薄れ続けている旅という感覚がそこにはまだ残っているのではないかと思うし、早朝から深夜まで、現地での時間をフルに使えるというのも魅力ではないだろうか。

いつも時間に追われている生活から抜け出し、いつもと同じ時間でも違った非現実の世界に行ったような時の流れを過ごすことが出来る、それが旅の魅力ではないだろうか。

これだけ疲れ、これだけ時間がかかる遠征でも「今度はあそこへ行ってみたい」と思うことが出来る、それが旅の魅力ではないだろうか。

 

闇夜を走り終えて札幌に定時で到着。後は夜が明けた外を手稲へ回送するだけだ。

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