特集 第25回:卒業論文 ふるさと銀河線とローカル線の果たす役割W

 

2006年4月1日掲載

 

第4節 乱れる足並み

会社の問題

 銀河線を取り巻く問題に、住民、自治体、会社という3つの大きな柱がある。それに加え、道や国というものも絡んでくるのだが、ここでは、この3つの柱について述べたい。

 まずは、会社そのものである。北海道ちほく高原鉄道は、社員が会社立ち上げ時に、JR北海道釧路支社と旭川支社の両方から半々で出向してきた人材である。さらに、トップは、社長の北見市長を筆頭に、各沿線自治体の首長が経営陣を勤める。新人社員も1997年に5人の新卒者が入ってはいるが、大半がこうした出向や首長である。

 また、その他にも、先に紹介した元社員氏をはじめとした北見市など、行政から出向くというケースもある。

 このことから見るに、普通の会社では当たり前である新卒者、つまり、最初から銀河線に入って働いているという人材が極めて少なく、必ず首長などではない限り、「元」が付くのである。また、首長の立場は非常勤である。

 首長ということは、本務も行なわねばならない。その傍らで銀河線の経営もしなくてはならない。しかし、鉄道会社の経営は、片手間ではできるはずがない。鉄道会社運営には、本腰を入れて取り組まねばならないのである。

 こうした体制でスタートした銀河線であるが、出向してきた社員としては、ここで骨を埋めるのではなく、いつかJRへ戻る時が来るなどの考えがあったため、銀河線の運営は二の次になってしまい一生懸命ではなく、今こなすべき仕事をこなすだけの体質になってしまったのである。

 もう1つとしては、第三セクターがある。第三セクターは、ちほく高原鉄道という会社に行政、この場合は道や沿線自治体などが出資して経営して行く会社である。つまり、一般企業は、血眼になって利益を追い求めなくてはならない反面、第三セクターは一定の収入が地方自治体などから入るため、利益は二の次でいいのである。しかし、これが銀河線では裏目に出てしまった。裏を返せば、働かなくとも一定の収入が得られるといことになる。人間であれば、誰でも「楽して得をしたい」ものである。ということは、経営努力などしなくとも、収入があるため、色々考えずただ、「1日無事故や遅延なく走って終わればいい」、決められたダイヤどおりに列車を走らせれば給料をもらえるということになる。そんな体質が生まれてしまったため、「ただ走るだけの鉄道」になってしまったのである。

 「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」の代表は赤字補填の足しにと、休日などに一緒にいろいろなグッツを売ってはどうかと会社へ訴えたところ、「月16万の給料でさらに土日に出て来いというのか」と言われ呆れたと語った。しかし代表は「会社がつぶれればその16万が0になる」と語った。

 こうしたどちらかというと、「走ってやってる」的な体質が問題だったのではないだろうか。この体質は社会主義に例えられるだろう。社会主義国は、一生懸命働かなくとも一定の収入があるため働く意欲に欠ける。そのため、国全体としては、上へ上へと上がっていこうという気力がなく、最低限のことさえやっていればよいという方向になってしまう。これと同じことが言えるのである。ただ、利益追求に走ってはならないという面もあるため、なかなか難しい面があるというのも事実である。

 さらに、「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」などで、色々な存続案を会社側へ提言をしている。しかし、どの回答を見ても誠意に欠け、やる気が感じられないのである。

 実際に、北海道ちほく高原鉄道の公式ホームページ内にあるご意見板を見てみると、まず、たくさんの意見が書き込まれているのに対し、会社からの返信がないというものが目立つ。これをまず見ていい印象を受けるわけがない。次に返信があっても、あまり前向きな回答がない。中には、様々な存続案を書きこんでいるものもあるが、コメントなしや、前向きな返答がないのが事実で、見ている側としても、決して明るい雰囲気の会社ではない、乗ってみたいと思えないような印象すら受ける。

 そして、こうした案に対し、出してくる単語が「コスト」である。必ずコストがかかるので・・・ということで納めてしまう。つまり、リスクをかなり意識しているのである。しかし、どんな事業にも、リスクはつきものである。それを恐れては何もできないのである。だから、銀河線は何も出来ずに終わってしまうのである。

 実際ホームページ以外にも、色々と外部から存続への提案が会社へ寄せられる。しかし、そうした提案は頭ごなしに否定するという体質なのである。しかも逃げる理由にはコストを理由にするパターンが多い。

しかし、銀河線を存続させるには、大きなリスクを伴うことをしなければ、改善はされないはずである。多少のリスクは考えないで住民、乗客のためにやるのが第三セクターの意味合いではないだろうか。

 例えば、一番条件の悪い真冬に一週間銀河線を運休し、バス代行の実験を行なうということである。実際、住民、社員、自治体も、銀河線のありがたみ、効果についてよく分かっていないという面がある。

さらに、人間は経験しなければ分からないという面がある。そこで、誰が何と言おうと、列車を止め、バス代行実験を行なうのである。そうすれば、銀河線のありがたみ、バス代行の実態が見えてくるはずである。1日2日なら持ちこたえても、長期間で行なえば、色々と障害が出てくる。

 出勤、通学時間に間に合わない、バスが来ない、運賃が高いなど、様々な問題が浮き彫りになるのである。そうして運行再開した時、銀河線は欠かせない存在であるということの気づくはずである。当然、会社には苦情が殺到するだろう。実はそれこそがバス転換のリスクで、問題なのである。

 確かに、この方法では金銭以外にも大きなリスクが伴う。しかし、こうでもしないと本当の解決にはつながらず、銀河線への社員、住民の意識回復にもつながらないはずだと考える。あたりまえに走っているものがある日なくなったとき、どんな事に気づくのか、こうしたことをシミュレーションしてみなくてはならないのである。急激に意識改革をするには、この程度のことはしなくてはならないだろうと考える。

 さらに経営陣も含め、経営のプロがいなかったという問題もある。先に述べたが、首長、出向で銀河線に携わるようになった人の集団であった。しかし、首長は、陸別町長を除いて、経営経験のない人材であり、さらに社員も、運転はできても経営が出来ないという状況であった。このように内部に経営のできるプロがいなかったのが問題なのである。つまり銀河線は、列車の運転ができても経営の運転は出来ない会社であったといえよう。

 こうした消極的な会社の中で、松本零士の「銀河鉄道999」企画などが実行されたが、これにも実は反対意見があったという。しかし、「何もやらないで何が言える」と強行で実行したのが銀河線を立ちあげた際に大きく関わった元社員氏だったのである。その結果、999企画は注目を浴びるようになった。

 しかしこんな話がある。「1997年津軽鉄道に若者であれば誰もが知っているグループ、「SMAP」に車両デザインをさせて欲しいという依頼が東京のTV局からあり、実際に実行し走らせ、TVに登場したところ、大好評で県外各地から大勢の人が押し寄せた。 

実はこの話の依頼はもう1つの鉄道会社にも持ちかけられていた。それがふるさと銀河線である。しかし、会社が「一ヶ月も遊ばせる車両がない」「田園地帯を走る銀河線のイメージにふさわしいとはいえない」など堂々巡りとなり、結局駅舎の中を描かせるという案を出したが、TV局から蹴られ話は流れてしまった。

これに対し、池田などから「もったいない」「やわらかい発想が出来ないのか」と批判が出た。」

不明確な責任体制、官僚体制が会社に渦巻き、融通の利かなさが格好のPRの機会で、もし実行していれば、2006年度以降も銀河線が走り続けた可能性すらあるのではないかと考えられる。収入だけでなく感情としては「SMAP」の描いた銀河線をつぶすのはちょっと・・・といった感情などから、永遠には無理かもしれないが、数年はまだ走り続けたかもしれない。その間に、その後の存続方法が考え出されたり、登場したりしたかもしれない。後に述べるDMVの開発も追いつき、採用になっていたかもしれない。単なるSMAPが車体にペイントするTV局のイベントと見るか、その後ろに隠されている可能性まで視野を広げ、見ることができ、柔軟に対応できていたか、この判断が銀河線を大きく左右したとも言えるであろう

後に、銀河線に調和したテーマとはいえ、銀河鉄道999ペイントを結局行なうことを考えれば、「なぜ?」と思わずにいられないのである。

 しかし、あまり利益を追求してもダメな面と言うものがあるのだが、これは追って述べることとする。

 

銀河鉄道999のラッピングとなったCR75 北海道ちほく高原鉄道 池田にて

【表1】北海道ちほく高原鉄道株式会社経営陣一覧

役  職

氏  名

職  歴

代表取締役社長

神田 孝次

北見市長

代表取締役副社長

金澤 紘一

陸別町長

代表取締役専務

竹倉 一良

社長

取締役

毛利 明雄

網走支庁長

取締役

勝井 勝丸

池田町長

取締役

高橋 正夫

本別町長

取締役

安久津勝彦

足寄町長

取締役

深見 定雄

訓子府町長

取締役

井上 久男

置戸町長

取締役

長谷川 豊

北見商工会議所副会頭

監査

山崎  馳

日本公認会計士協会北海道会相談役

監査

加賀  至

北海道総合企画部交通企画室長

 出典:調査時入手資料より引用

 

住民意識

 住民感情にも乱れ、温度差が生じている。実際、2005年9月に本別町行なわれた銀河線最後のイベント会場で、住民に聞き取り調査を行なった。その際、色々な意見が出たのだが、大半の住民が一致して言っていたのが「あってもそんなに乗らないが、なくなると困る」ということであった。そうした中途半端な意識が住民間に存在することが明確になった。また、その他には若い人を中心に「学生時代は乗っていたが、免許を取ってからは乗らなくなった」「誰も乗らないのにそこに金をつぎ込むのはおかしい」「バスだと不確実だし料金が高くなる」など、様々な意見が聞かれた。

 しかし、これだけ銀河線への思いを持っているようではあるが、思いはあるものの、いざ行動に移すとなるとまちまちなのが現実である。

 「用事もないのに乗らない」という感情である。

 地域内でも様々な感情があり、足並みの乱れを感じるが、それが沿線自治体全体ともなるとより大きなこととなり、北見、池田側では「なくてもよい」という方向だという。それは、池田、北見ともに、根室本線、石北本線があり、さらに北見市は中核都市であるため、鉄路を使わなくとも買物、病院、通勤、通学が可能である。しかし、内部の陸別を初め、本別、足寄、置戸などの地域では他の交通機関がなく、どこへ行くにも鉄道が必要となってくる。こうした銀河線、鉄道の住民への浸透具合なども影響している。

 沿線から離れた都会で話を聞くと「誰も乗らないものに税金を使うのはおかしい」「誰ものらないものはいらない」という意見が多い。北見市などは、沿線であるのにもかかわらず、こうした考えが横行していると言えるのである。いや、もしかすると、沿線だという意識すらないのかもしれない。

 こうした住民同士の温度差が、住民運動などを行なったり、行動を起こす際の足並みの乱れにつながり、銀河線で1本につながっているはずの沿線自治体が一致できないのである。

 

沿線自治体の乱れ

 こうした乱れの他に自治体の乱れもある。内容としては、住民や会社の内容に類似するのだが、さらに自治体の場合は首長が経営陣であるというのに、一生懸命さに欠けるとすら感じ取れる。というのは、もし、首長ではなく、銀河線の経営陣だけであるという状態で、二股をかけた状態でなければ、ちほく高原鉄道がつぶれるのを「仕方ない」というような処理の仕方をしないのではないだろうか。今まで次々と難色を示してきた自治体が折れ、陸別だけが最後に残ってしまうという事態になったのだが「バス転換は仕方がない」という意見が出たと言う。しかしこれがもし一般企業であった場合、自ら「仕方がない」から会社がつぶれて行くのを呆然と見ているだけ、さらには加担するようなことをするだろうか。なんとか立て直そうとするのが企業である。しかし、このことから察するに、そうしたことが見られない。

自分の会社がつぶれ行くのを手伝うかのような判断をするというのは、いかなる場合であっても許されないことではないかと考える。これが経営陣が、首長が片手間に経営を行なってきたという悪い面なのである。

さらに、このことが自治体間の力関係や銀河線への意識が反映されるという面もある。というのは、北見市などの力が強く、意識の薄い自治体と、陸別のように小さく力が弱いが意識が強い自治体とでは、どちらが最終的にものを言うかと言えば、やはり力関係がものを言うのである。それは、金であったり、政治の力問題であったり、住民の数であったりと色々な要因があるが、銀河線を考える上で果たしてこうした格差がある中で平等に決定できるかと言えば、そうではないと考えられる。

小さく弱いところほど力が弱く、大きく強いところだけが力を持つ現在を象徴するものと言うことも考えられるが、やはり、こうした格差のある中で平等な判断を下す、方向へ持って行くというのは困難なのである。

 

 

責任問題

ふるさと銀河線は、様々な要因があったにせよ、住民の手で残った鉄路といってよいだろう。しかし、その頃から、銀河線を存続させる上で、「地域の足」「地域の守り神」「地域づくりの要」などのことを考え、意識し、残すからには責任を持つということまで考えてのことだったのだろうか。

 そう言えば、NOではないだろうかといえる。というのは、もし、そのような責任意識を持っていれば、社員、沿線自治体、沿線住民が「なんとなく」という感情ではなく、意識を持って、1つになってどうすれば銀河線をよい方向へ持っていくことができるかなどの方向へ向かっていくはずである。

 会社が傾いた原因は、会社、自治体に問うことが多いが、沿線住民も、銀河線を残すということにしたのであれば、責任意識をもち、自覚しなくてはならなかったのではないかと考える。

 本当に銀河線を残すのであれば、会社、自治体、沿線住民、沿線自治体、それも住民レベルで1つになって、沿線自治体、「ふるさと銀河線共同体」となって取り組まねばならなかったのだろう。

 会社には会社の意見があり、住民には住民の意見、考えがあり、行政には行政にしかできないこと、考えがある。こうしたものが「銀河線」で1つになった時、銀河線では悪い方向に働いてきたことも、よい方向へ変わる可能性すらあるのではないかと考えられるのだ。

 ふるさと銀河線は、SMAP問題といい、こうしたせっかく「銀河」でつながるチャンスがあったことといい、存続のチャンスを逃し続けてきたのである。

 全体として言えることは、自治体、沿線住民、会社、どれをとってもどこかに最後には国が何とかしてくれるという「甘い考え」があったからこそ、中途半端なものになってしまっているのである。

 

第5節 銀河線に迫り来る問題

車体更新問題

 銀河線には、赤字、財政難を基盤にした問題が今、迫りつつある。

 まず、車両の更新である。銀河線で使われているCR70、CR75型気動車は、新車では納入した。しかしJRなど、本来鉄道では、車齢30年という車両を使っているのに対し、銀河線ではバスほどのレベルの車両で10年ほどが限界なのである。つまり、開業から17年が経過するのにもかかわらず、車両は延命工事こそはしたものの、限界もいいところなのである。実際乗ってみると、確かに力強く走ってはいるが、錆や歪み、ほころびが目立ち、パッと見ただけでもガタが来てると感じる。しかし、なぜそんな簡易的な車両を導入したのかと言うと、第三セクター鉄道では、こうした車両しかいれられないという制度があるためなのである。これは早い話、車両更新を期に、「鉄道そのものを10年周期で見直しなさい」ということだと考えられる。もし、最初の10年でよくても、次の10年がダメなら何らかのことを考えなくてはならないのである。

 車齢の2倍近く使って走っている銀河線は、確かに今の状態での車体更新は無理である。車両は1両1億円以上する。そんな費用など出るわけもないのである。しかし、この問題はただ費用の問題だけではないのではないだろうか。

 つまり、車体にガタが来ているのは、今始まった事ではなく、前々からであったはず、つまり、本来ガタが来たあたりで車両は捨てられるはず、銀河線も廃止になっているはずが、存続運動や、自治体が道に働きかけをしてきた結果、車両は買えないが、廃止が先延ばしになってきたため、ガタが来るほど走ってきた、走ることができたということもいえるのではないかと考える。

 今まで、会社、沿線の存続運動の団体、自治体などに、なんだかんだ言っても道に働きかけをしてきた結果なのではないだろうか。

 実際、本来2005年で銀河線は廃止ということが言われてきた。しかし、「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」の代表らが道や国に働きかけを何度も何度もやり、もめてきた結果、廃止が2006年に先送りになった、2005年中に廃止に踏み切ることができなかったという経緯があるのである。

 車両に関しては、実は銀河線に導入する車両をJRから中古でキハ40系気動車を購入しようという話がでたという。しかし、JR側が出してきた値段は国鉄が買った車両ながら、中古で1両9000万という価格、CR70が新車で1億だと言うことを考えれば、「冗談じゃない」という値段であることは言うまでもない。そこで、CR70を買うことになったのである10

 この他、JRから、1980年頃製造の国鉄時代から使い、古くなったキハ183系特急型気動車3両を現状渡しなら無料で譲渡するという話があった。しかしこの話は断ったのである。

 それは、自重11がCR70なら28トン前後12であるのに対し、キハ183系は43〜46トン13でCR70の約2倍である。ということは当然、線路や路盤をいためてしまうのである。さらに、高速走行するとさらにこうした設備が痛むのである。銀河線は本来こうした重たい車両には耐えられる線路ではないのである。

 また、既存のCR70に混じってキハ183系が入って来ると、メンテナンス面で相互性がないため、一律に整備できずコストが余計にかかってしまうということで、結局は無料でも走らせることによるコストが大きすぎるという理由で断ったのだ。

また、CR70は1両単位で運行できるが、キハ183系になると最低でも前後の先頭車の2両で編成を組まなくてはならないのである。これでは運用できないと判断し、断念したのである。

 

 耐久年数の2倍近く使われているCR70型気動車 北海道ちほく高原鉄道 北見運転所にて(敷地外より)

 

削られるメンテナンス

 本来、企業ではやってはいけないものの1つにメンテナンスの削減というものがある。一番重要なのだが、目に見えて利益につながるわけでもないため、重要視されにくく、一番最初にコスト削減目的で削られる項目の1つである。

 銀河線でもこのことが行なわれている。線路の保線は、鉄道にとって欠かすことのできないことである。しかし、メンテナンスの費用がない銀河線では、この線路のメンテナンスを出来るだけ縮小しているのだ。

 実際、冬季の雪や氷による影響をうけ、線路がかなり歪んでいるため、乗り心地がいいとはいえない。左右に大きく揺れる場面もあり「大丈夫か?」と思ってしまうほどである。一応は、法で定められたことは行ない、規定をクリアしてはいるが、ギリギリのことしかしていないのである。

 しかし、抜本的な更新などが迫りつつあるのは目に見えていると言えるのである。ただ、言うまでもなく銀河線にはそんな費用などがあるわけもないため、車体、施設両方の更新が迫り来る銀河線は、金銭面、車両、設備全てが廃止論を促進させる要因になっているのである。

 いうならば、銀河線は、線路の状態も、経営の状態もギリギリで走ってきたのである。

 


 


 津軽鉄道株式会社 昭和3年に設立 津軽五所川原―津軽中里の20.7Kmを結ぶ鉄道。ストーブ列車の運行などで知られる

 上田義則 著 『緊急レポート 鉄路の行方』(平成15年11月8日)p.19要約

10 北海道ちほく高原鉄道社員より調査時聞きとり

11 乗客などの重さなしの自分のみの重さのこと

12『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 (平成11年6月4日)p.99

13 『名列車シリーズ特急おおぞら&北海道の特急』 イカロス出版発行(1998年6月30日) p.109 

 

 

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