特集 第29回:卒業論文 ふるさと銀河線とローカル線の果たす役割[(最終回)

2006年5月1日掲載

 

第3節 銀河線をはじめとしたローカル線の役割

ローカル線の位置づけ

 地方を走るローカル線は、北海道では大半が赤字である。しかし乗る人こそは少ないが、担っている役割は都会以上ではないだろうか。

 それは本数こそは少ないかもしれないが、住民の安心して使える貴重な足であると共に、地域間を2本のレールで結んでいる。

 テーマの無いJRなどではそこまでかもしれないが、ふるさと銀河線の場合「銀河」という共通テーマを持っているため、沿線自治体が「銀河」というテーマで独自地まちづくりを行なってきたし、沿線自治体も「銀河」でつながってきた。そして地域に根付いてきた。駅が地域の顔であるように、何も無い田舎に線路があるのとないとでは地域の価値観も違うだろうし、外部との接触の度合も違ってくる。

 車がなければ行けないような地域と、誰もが料金さえ払えば乗ることができる鉄道がある地域とでは外部の接触度合いが違ってくる。

 ローカル線の位置づけとは地域の足であると共に、位置づけ、価値観、イメージまで決める重要な要素を持った機関なのである。

 

判断がおかしい〜見離された銀河線〜

 ふるさと銀河線は2006年4月20日で運行を終える。その理由の大きなものとして、最大の出資者であった道が財政危機を理由に年間2億円の出資金を打ち切ることを2005年に決めたことによるものである。

 しかしその反面、銀河線への出資を打ち切ると決めて舌の根も乾かないうちに、北海道新幹線着工が決定し、渡島大野で建設が始まった。今まで散々渋ってきた北海道新幹線建設がとんとん拍子に事が運んでいる。この2つの問題を照らし合わすと、どうも納得いかないではないか。

 所見では北海道新幹線建設は、新函館までで4700億円(うち地元負担が3分の1で道が830億、青森県が720億の負担)とされているが、さらに青函トンネル内で貨物列車と新幹線とが安全にすれ違えるようにするための安全対策費等でさらに800億円が必要とされ、建設費自体もすでに膨れつつある。

 さらに高速道路建設も進み、道東自動車道の全線建設決定、旭川門別道、美幌バイパスなど、次々建設されているが、高速に至っては銀河線のある道東地域が活発である。それも銀河線の跡地に高速を敷くという地元住民の気持ちを踏みにじるような構想もある。

 これを押し進めているのが道、そして道東に基盤を置く自民党の代議士である。それに、銀河線廃止を押す進めた最大の力がこの代議士だったのである。

 代議士は、「銀河線をつぶす代わりに高速を引いてやる」という内容を北見市に提示してきたという。そして元々乱れていた足並みを一層乱したのである。

 「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」の代表を初め、陸別、本別で聞き取りをした際、北見市の評判と代議士の評判が悪かった。

 しかしそんなに人のいないところに高速を引いても意味がないのは見え見えである。しかもその利用方法でDMVに着眼したのも代議士であった。

 昨年完成した新しいU−DMV、銀河線でも試験走行しようという動きがあった。しかしこの試運転は北見―女満別空港で行なわれた。突然銀河線としてはDMVが奪われたに等しい。これも代議士の働きかけがあり、武部氏に持っていかれたという声すらあるほどで、それを象徴するかのように美幌バイパスを使い、女満別空港まで走ったのである。そして一度も銀河線を走ることなく、DMVは苗穂へ帰っていったのである。地元では救世主になるはずのDMVが因縁のDMVとなったわけである。ふるさと銀河線の会の代表も「北見と武部氏に持っていかれた」と落胆の表情を浮かべていた。

DMVはそもそも地方交通線の新しい姿として研究されて入るもの、しかしこの試験走行では石北本線を走った。石北本線は特急列車も走る線路、かえってDMVを走らせると他の列車との問題がある他、特急列車の走っている区間にDMVを導入したところで特急で一気に女満別まで向かい、そこからバスで空港へ向かえばいい話である。わざわざDMVを使う意味がないし、空港連絡に使うにしては1両30名程度のマイクロバスではサイズが小さすぎる。実際これで実用化されたとしても需要に合わないなどの理由で利用客も最初は見込めるだろうが、後に撤退にすらなることが予想される。

政治は銀河線の他にもDMVまでもをだめにしようとしているのである。

また道もおかしな態度である。道が出資を決めたというのは、銀河線の責任を負うということ、それを突然放棄してよいのだろうか。確かに株主かもしれないが、運行を容認したからには責任の一端がある。それを棚にあげて廃止ありきの発言しかしてこないというのはおかしいではないか。

さらにおかしいのは、知事が自民党の高橋知事になってからである。自民党ということは、その裏には代議士の力が及んでいる事が十分読み取れる。実際高橋知事は取締役会に出席する山本副知事に「廃止以外にない」と指示した。

しかし協議会で「チャンスがあるのに努力しないのは禍根の残す」と力説した金澤町長、「バス転換の議論が不十分なまま廃止を決めては住民に説明できない」と金澤町長と阿久津町長が言ったのであった。しかし続く取締役会では廃止反対に挙手をしたのは金澤町長だけであった。こうして強引にも廃止決定が下された経緯があるのである。

さらに報道にも責任がる。「地元住民の結束を崩し、廃止しかない雰囲気を作り出したのは地元の新聞報道」と述べるのは銀河線元専務である。

廃止あり気の報道しかせず存続への道への提言等々などがなく、平等の報道だったとはいえない。さらに元専務は「これも道からの働きかけが新聞社にあったはず」と述べる。新聞は1紙に偏って読むなというのはそれであろう。

その結果地元では内部から銀河線は廃止しかないとイメージ付けられたのである。そのため存続運動もそんな雰囲気では空騒ぎにしか見えなかったのである。

しかし銀河線を存続させた住民の責任、自治体の責任等は一体どこへ行ってしまったのだろうか。

この中で責任を重く受け止めていたのは最後まで道、廃止賛成派に食い下がった金澤町長しかいなかったと言ってもいいだろう。銀河線は陸別以外から見放されてしまったのである。

責任問題とはバスで代替すればよいというものではなく、銀河線を池北線から「鉄道」で残したからには、責任を持って「鉄道」維持して行くということなのではないだろうか。

北海道新幹線、高速道路を建設する金があって、それらの建設費から比べればゴミのような額である2億円を銀河線に出資できないという道の判断はおかしすぎるといえる。

本当に財政が苦しいのならば、建設工事も全て却下であるはずである。

高橋知事が選挙公約で「5万人の雇用を生み出す」と述べていた。そして新幹線建設には5万人の雇用が生み出されるとされている。知事の公約とピタリ一致する。しかしその裏では、新幹線維持を行なうJR北海道のこと、平行在来線となる江差線のこと、そしてその住民の事、建設工事が終わった後、失業するであろう5万人、もしくはそれ以上の人の事など全く考えていないのである。

平行在来線の江差線は第三セクターか、廃止のいずれかになるが、今の利用状況からみて、特に木古内―江差間は廃止で間違いないはずである。

実際江差線の沿線住民は新幹線を歓迎ではなく、自分たちの足が奪われてしまうという不安な目で見ているのである。

新幹線は誰が乗るんだ?という意見が多い。その対策を今から行なっていると見られるのが、2006年のJR北海道のダイヤ改正の内容である。

青函区間に特急列車を導入し利用が好調とはいえ、今から青函の移動は鉄道でという流れを作らんばかりの新車の増備などが行なわれている。これをただの需要に合わせたことなのか、それとも10年後の新幹線開通を今からにらんだ事ととるかは人それぞれではあるが、地方交通線がカットされる中でこうした動きがあるというのは、新幹線の開通する10年後も視野に入っていると見てもおかしくはないだろう。こうして無理にでも道筋を作らなければ新幹線に人は誘致できないと言える。

銀河線問題で「特急列車だと地域が飛ばされる」という意見があったが、新幹線だとこれがさらに深刻で今でさえ、函館を出ると青森まで止まらない特急がある中、新幹線ともなればよくて木古内のみの停車となり、自治体、地域がどんどん飛ばされる。そして平行在来線も奪われては線路があれど使えないもの、ただ地域を通過している騒音の源でしかない存在になってしまうのだ。

地域問題で考えた時新幹線はふさわしいとはお世辞にもいえないのである。

 

経営安定基金の行方

銀河線を運行するに当たって運転資金等が必要であった。それはどう住民の足を確保し続けられるかということでもあった。さらに一企業となることから、経営手腕をどう発揮し地域づくり、鉄路づくりの主軸とするか大きな問題であった。

基金計画には収入が転換交付金が42億円、出資金が4億9千9百95万円、基金拠出金56億5千万円(5年分割積みたて、自治体分13億円)合わせて103億4千9百95万円となる。

支出が定期運賃差額交付金9千万円、初期投資16億4千5百万円、開業準備費が9千万円、運転資金が4億9百95万円の総額22億4千4百95万円で、差額の81億5百万円は経営安定基金にあてられた。

さらにこの基金は3段階に分けられ、第一基金が48億7千7百万円、第二基金が25億6千6百万円(初期投資の残金) 国からの転換交付金で1Kmあたり3千万円、第三基金が7億7千3百万円であった。11

この基金は開業5年目まではバブルの好景気によって毎年出る赤字を利子でカバーできていた。しかしバブル崩壊で不景気時代となり、低金利時代になったため第二基金を取り崩してきたが、2004年で底をつく事から銀河線の存廃について議論される運びとなったのである12

残りは手を付けてはいけなかった経営基金の48億である。それを今後果実運用に回すのが難しい。

しかし廃止が決まった現在、この48億円はあろうことか廃止後の線路撤去とバス転換の基金に回されようとしているのである。

これについて、「心に刻もう!ふるさと銀河線」の会員は「そんな金があるなら運用にまわせばいい」と語る。

道としても、もしこの基金がなければ撤去費用等を道も負担する事になることから、目を付けているのは言うまでもない。こうして銀河線を運営するための基金が銀河線を取っ払う資金に回ってしまうことになっているのである。

この48億円で銀河線をなんとか活かすことができる資金が銀河線を取り払う資金にもなるというのはなんとも皮肉な話である。

ただ不安定でいつ何が起こるかわからない利息に頼って運営計画をたてた甘さがあるのは間違いないだろう。

 

銀河線が銀河線である意味と銀河線を中心としたローカル線の持つ役割、可能性

89年に廃止から逃れ地域の足、地域のものとなってきた「ふるさと銀河線」、その設立から廃止まではのんびり農村地を走ってきた列車とは裏腹に政治に大きく揺るがされ、利用され、そして出がらしになったら捨てられるという運命であった。また住民も最初の珍しい時ぐらいしか注目せず、会社も出向などの社員の「いつかはJRへ戻れる」という会社への執着心のなさ、そして沿線自治体、住民、会社の共通認識であった「ピンチになったら道、政治が助けてくれる」といった甘い考えによって可能性をいくつも潰し、最後には鉄路と会社がつぶれる事態になってしまった。

さらに自治体同士の温度差もあり、廃止議論の際の北見市の色気のない態度の一方で、最後まで食い下がった陸別町など足並みの悪さもあった。

しかし多かれ少なかれ、銀河線は「銀河」というテーマを7市町に与え、大小はあるものの「銀河」でまちづくり、地域づくりを行なってきたのも事実である。ただここにも差があり共通のテーマでありながら、共通さにいまひとつかける部分があった。

これは北見市という大きな市があまりにも権力を握りすぎたため、それに付随する自治体、かけ離れた自治体とで差が生まれ陸別派、北見派に二分されたためではないだろうか。

本来会社も住民も行政も「銀河」で1つの共同体になって自分たちの足をいかにして守るのか、運営していくのか、そして共通かつオリジナルなまちづくりをどう進めて行くかと取り組まなければならなかったのが何もしないで終わってしまった。会社は会社で企画をするし、自治体は地域の温度差があるし、住民は冷め切った住民から存続運動を展開する住民までに渡るしと、全てに置いて足並みがずれていた。

しかし本来銀河線を89年に残すということを決めたからにはこれらに関係してくる人たち全員に存続させ続けるという責任、任務が与えられたのである。

さらに存廃が問われるようになってからは、廃止ありきの議論しか出ず陸別町長が民間のコンサルタント会社に色々持ちかけている一方で頭ごなしに否定をするといういわば内部から崩壊した組織、これが銀河線を中心にした、自治体、住民、会社の関係だったのだろう。

しかし銀河線が銀河線であり続ける意味としてはまず、隣とつながっていることの安心感が得られること、そして住民のかけがえのない足であること、銀河をテーマにまちづくりをしてきたということなど地域に根付き、地域のものになってきた銀河線だからこそ出来る事、やってこれたことの意味合いがある。

こうしたことはJRのローカル線でも私鉄のローカル線にもいえることであり、ただの鉄道ではあるが地域の顔である駅、そして鉄道自体も地域の顔、象徴となるのである。逆に言えばそれが失われるとき、地域の顔がなくなることを意味するのである。

こうしたローカル線は地域の足と、地域の未来を担っているのである。これがローカル線の役割であり、都会の移動だけの鉄道とはわけが違うのである。

道は赤字を理由にしているが、銀河線やローカル線は地域づくり、地域の顔としての要素を持つ鉄路は採算性だけでは判断できないのである。

バス転換になる銀河線は、利用者から様々な不安な声が出ている。また、バス転換を推し進めた国や道の無責任さもさらに残る。というのは、バス1台の乗客が5人を割ると国や道の助成金が大幅にカットされる。そうなれば本数が減らされ、もっとひどい場合は廃止に追い込まれる事だって十分あるのだ。

バスではありえない地域同士のつながりが鉄道廃止で失われ、さらにバスまでもがなくなってしまえば一体どうやって暮らすのか?ということになり益々地域が寂れていく。

もしかすると国としてはこうして金のかかる地方をつぶそうとしているのかもしれない。

廃止を決定した自治体はなんとしても足だけは奪われないように今度こそぬかりのないように責任を果たして欲しい。

銀河線が廃止される2006年4月20日が近づくに連れ連日訪れる人が増え、存続運動も活発になり、署名活動までもが行なわれ、札幌などの学生なども運動を展開するまでになっている。こうした運道は政治の力がもはやなくなった現在の方が本当の住民らの力であり、池北線から銀河線になる際の運動よりも活発ではないだろうか。

しかしもっと早く気づき、行なっていればもっと違った形で結果が出たかもしれない。上田義則氏は「全てが遅すぎた」と自身のレポートで語る。

住民が銀河線の重要さ、かけがえのなさに気づいたときにはもう遅すぎる後の祭りなのである。線路が剥がされ時存続の夢も散ることだろう。それに鉄路の廃止=問題解決にはならないのである。さらに自治体間のつながりが薄くなることも十分に考えられるのだ。

さらに現在、過疎解決の切り札に今後数年間で大量に定年を迎える人々、いわゆる団塊の世代の定年後の定住地にと、道内の自治体で誘致を進めている。

しかし多数の自治体で行なっているため移住する、または観光で来るにしてもやはり、鉄道がある自治体と、ない自治体とを比べるとやはり、鉄道がある方をやはり選ぶだろう。

銀河線の廃止はこうした地域の新たな可能性までもを奪ってしまうのである。

「北海道ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線」は、その素晴らしいネーミングとは裏腹に、「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」代表の「もう2、3年待ってくれれば何かよい方法が見つかる、線路を取ってしまってからでは取り返しがつかなくなる」という声もむなしく、様々な問題が山積みで解決せず、渦巻いたまま、2006年4月20日網走本線から続く95年の歴史に幕を下ろそうとしているのである。

 

終わりに

ふるさと銀河線沿線は実は筆者にとって縁もゆかりもない場所だった。調査の際に話に出たように網走へは行った事があったが、北見は通過地点、池田も釧路までは行った事があっても通過地点でしかなかった。しかし今回、本論作成に当たり現地調査に入り、初めてじっくり銀河線という目線ではあるものの、沿線自治体を見ることが出来、感じることが出来た。

そこには様々な人間模様があり、銀河線がライフスタイルとなっている場面も多々見てきた。さらに銀河線を調査しているうちに見えてこなかった自治体や地域づくり、地域住民と銀河線という関係が次第に見えてくるようになった。

実際に北見―池田を往復してみて、バス転換になったら分線―小利別の山間部は特に冬は大変だろうな・・・と感じ、バスが削られたりすれば人こそ少ないが、暮らす人々にとっては死活問題だということも感じた。

元々難航を極め、また悲惨なタコ部屋労働で多くの命が奪われ、さらに拷問でトンネルに人柱で埋められてしまい今もトンネルの壁が剥がれた際人骨が出てくるという常紋トンネル(常紋峠)がある石北本線の近くで、同じく難航を極めた上で作られた池北線であるが、それをしのばせるのが山間部である。もし銀河線がなくなれば山を挟んで北見側、十勝側と1つにつながっていた地域が遮断されてしまうと感じた。

そして調査終了と共に銀河線の重要性を感じ考えさせられた。また様々な立場の人と話すうち、いろんな見方があるが銀河線を思う気持ちは一緒だと感じた。

しかしこうした反面、住民、行政、会社、全てにおいて「何とかしなければ・・・」という考えはあれど、自分が何かをするか?といえばそうではなく、「誰かが・・・」というような甘えが行き渡っていると感じた。

本文で述べた銀河線募金に見られるように、外部の方が積極的で当事者が人任せという体質は、結果として悲劇を呼んだのだろう。

そしてそれを見直す暇もなく銀河線は地図から姿を消そうとしているのである。自治体も積極的な陸別、足寄、本別ではがんばっているがあとは意識が薄い。こうした温度差、濃度の差が最後まで続き、今後銀河線という懸け橋がなくなったとたん、益々地域同士のつながりが薄くなっていくだろう。

そうした様々な要素を含んでいながら2006年4月20日に銀河線は運行を終える。そしてバス転換になり、冬が来て初めて重要性に気づくだろう。しかしそれではもう遅すぎるのである。

なぜもう少し積極的にならなかったのか、そして存続し銀河線が走りだしたあの日の感動を忘れてしまったのか、維持できなかったのか、今言っても後の祭りであるが住民の意識が高ければもっと違う形になっていたのかも知れない。

最後にこの論文作成に当たり、北海道ちほく高原鉄道元職員の元専務、北海道ちほく高原鉄道社員社員の方々、「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」の代表、会員の方、陸別町役場、そして調査先の懸け橋となっていただいた方々はじめ、多くの方にこんな時期で忙しい中、わざわざ貴重な時間を割いていただき、お付き合いただいたことにこの場を借りて厚くお礼申し上げます。

 


 

 STVテレビ「どさんこサンデー」(2005年5月22日放送) を参考にした

10 上田義則 著 『追跡レポート 鉄路の行方W』(平成17年4月23日)

p.32引用

11 上田義則 著 『緊急レポート 鉄路の行方』(平成16年7月1日)

p.5を参考にした

12 太田幸夫 著『北海道の鉄道125話』(株式会社富士コンテム 2005

12月28日)p239を参考にした

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